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日出ずる国のエラーコラム


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日出ずる国のエラーコラム[総集編]
No.11 「天日槍」は新羅から来ていない!城崎温泉から来ただけだ!
 今回は、天日槍の渡来伝説を検証します。日本書紀、古事記、播磨国風土記に記載されている有名人です。以下、日本書紀の記載内容要約。

<日本書紀要約>
「 垂仁天皇3年3月。昔、新羅王子天日槍が宝物を持ってきた。今、但馬国ではこれを神宝としているという。天皇はそれを見たいと思い、天日槍の曾孫の清彦を召した。清彦は神宝を献上した。すなわち、羽太の玉一つ、足高の玉一つ 、鵜鹿鹿の赤石の玉一つ 、日鏡一つ 、熊の神籬一つ。ほかに出石の刀子が一つあったが、これは身に着けて隠した。酒の席で隠しているのがばれて献上したが、刀子が勝手に清彦のところに戻ってきたという。天皇は畏れて、それ以上求めなかった。刀子はそれから淡路島に渡り、土地の人に祀られている。」


 そもそも第十一代垂仁天皇の頃というのは、記紀が神話の創作により邪馬台国を隠蔽している時代です。卑弥呼を継いだ台与の時代と三百年生きた武内宿禰の時代が重なりますから、武内宿禰が仕えた第十二代景行天皇から第十六代仁徳天皇までの物語は、基本的に疑いの目をもって読まなければなりません。物語の創作により武内宿禰の一生が伸びてしまったということは「日本書紀のエラーコラム[増補版]」で解説したとおりです。

 天日槍を縄文語解釈します。

◎縄文語:「天日槍」=「ア・ヌピ・ポケ・イ」=「横たわっている・野原・沸いている・ところ」=城崎温泉

 地勢を見ると、これはどう考えても但馬国の城崎温泉を指しています。温泉を意味する「ポケ・イ」は類似の単語がほとんどないので、この単語を切り口に解釈しました。極めて確度の高い解釈です。
 さらに、城崎温泉は、

◎縄文語:「城崎(温泉)」=「ケナ・ケ」=「川端の木原・のところ(の温泉)」

 で、天日槍の意味と完全に一致します。城崎温泉の位置する円山川下流域はコウノトリの生息域を保全するための鳥獣保護区であり、ラムサール条約に登録された湿地帯でもあります。

■城崎温泉周辺 ■城崎温泉周辺
 出身地の伝承がある出石は、

◎縄文語:「出石」
=「エテュ・シ」=「岬の・山」
or「エテュ・ウシ」=「岬・のところ」


 となります。出石は山に囲まれた盆地の地勢です。これは、出石城の南に聳える有子山城を指したとするのが相応しく思われます。有子山城は山名祐豊の築城です(1574年)。

■有子山城遠景 ■出石神社周辺
 但馬国一宮である出石神社には、祭神として天日槍のほか、出石八前大神(いづしやまえのおおかみ)が祀られていますが、この「八前」は、明らかに

◎縄文語:「八前」=「ペッチャ」=「川端」=出石川沿い

 の意で、川沿いの地勢を指す「八幡」や「富士見」と同語源と思われます。

 また、意富加羅国から敦賀に渡った王子、「都怒我阿羅斯等(つぬがあらしと)」と「天日槍」が同一人物である説がありますが、同一人物とすれば、天日槍が敦賀温泉の人か、あるいは都怒我阿羅斯等の名が丹後半島あたりを表現したとも捉えることができます。ただし、同じような地形は日本各地にあるので、単一視点から同一人物とするのは安直に思えます。

◎縄文語:「都怒我阿羅斯等」=「テュ・ルッケイ/ア・シテュ」=「岬が・崩れているところ/もう一方の・大きな岬」= 立石岬/敦賀半島or丹後半島

 ついでに、日本書紀で都怒我阿羅斯等の別名とされる于斯岐阿利叱智干岐も解釈します。

◎縄文語:「于斯岐阿利叱智干岐」=「ウ・ケ/ア・シテュ・カケイ」=「湾の・ところ/もう一方の・大きな岬が・禿げているところ」

 都怒我阿羅斯等の言い換えです。

■丹後半島犬ヶ岬 ■敦賀半島立石岬
 双方の地名に共通する「気比」の縄文語解釈は以下です。

◎縄文語:「気比」=「ケ」=「額・縁」=海岸沿いの意か

 三人称は「ケピ」なので、

●「テュ・ルッケイ・ケピ」=「岬が・崩れているところ・その縁(額)」

 のような形となります。
 古事記では「気比大神」を「御食津(みけつ)」が転訛したもので食物の神だとしていますが、まったく信じられません。
 ついでに気比神宮の主祭神のイザサワケですが、これも通説では食物神です。この類いの漢字表記にこじつけた説は記紀、風土記含め、ことごとくデタラメです。

◎縄文語:「イザサワケ」=「イソ・サン」=「磯の・出崎」 ※「ワケ」は要検討

 つまり、敦賀半島です。決して食べ物の神ではありません。
 そして、天日槍の故国とされる新羅。新羅も縄文語解釈します。

◎縄文語:「新羅」=「シロケ」=「山のふもと」

 出石の地勢と一致します。縄文語解釈では、天日槍が実在の人物であれば、ただ「出石から来た」というだけで、朝鮮半島から海を渡って来たという訳ではありません。

 そして、朝鮮半島の新羅の日本語読みも同じです。

◎縄文語:「新羅」=「シロケ」=「山のふもと」=太白山脈のふもと

 ということは、倭人は朝鮮半島にもいた可能性が高いということになります。

▼目次
第一部 「縄文語と上代日本語の隠された境界線」
【百済系敏達天皇で王朝交代!蘇我氏本家を滅ぼし、大化の改新は言語まで変えた!】
第二部 「記紀、風土記のウソを徹底的に暴く」
【No.1】香久山は「弓の形の山」だ!風土記は後世の人々を騙すためのデタラメが満載!
【No.2】愛宕山は「ぽつんと離れた山」の意!「カグツチ」という火の神などいない!
【No.3】住吉三神は「六甲山の自然崇拝」。海の神ではない!
【No.4】仲哀天皇偽陵の「五色塚古墳」は「岩崖の墓」の意だ!
【No.5】「処女塚」も「求女塚」も悲恋物語とは関係ない!「砂浜の入り江の古墳」の意だ!
【No.6】「因幡の白兎」も大ウソこじつけ物語!「将軍塚」に将軍は眠らない!
【No.7】「稲荷神」「狐」もデタラメ!お揚げをお供えしても無駄!
【No.8】「八雲立つ出雲」は「先住民の入り江」!宮崎の巨大古墳「弥五郎塚」は「先住民の墓」!
【No.9】「八幡大神」などいない!八幡と富士見は同語源の「川端」!「富士山が見える」のは偶然だ!
【No.10】「羽衣」は単なる「岬の頭」!「羽衣伝説」は縄文語に渡来系物語が便乗しただけだ!
【No.11】「天日槍」は新羅から来ていない!城崎温泉から来ただけだ!
【No.12】本当に「高麗」に高麗人が移り住んだのか?全国の「高麗」の地勢は「湾曲した川」だ!
【No.13】「甲斐の黒駒」は本当に馬か?全国の「黒駒」の地勢は「山裾の湾曲した川」だ!
【No.14】「百済」は「川や湾の入口」の意!風土記はしゃあしゃあとウソをつく!
【No.15】ウソつき神様大集合!天照、事代主、八幡、稲荷、住吉、金刀比羅のデタラメを暴く!
【No.16】地名の八王子も王子信仰もウソっぱち!牛頭天王も縄文語の地名に空想物語が便乗しただけ!
【No.17】旧国名はデタラメ由来だらけ!常陸、総、伊豆、駿河、尾張、伊勢、伊賀、摂津、豊、筑紫、肥、日向、風土記は悪意に満ちた大ウソつきだ!
【No.18】「椀貸」は「岸の外れ」の意!椀貸塚古墳は「椀」を貸してはくれない!
【No.19】「造山」「作山」は「自然地形を利用した古墳」の意だ!「作石」の石の宝殿は「あの世への入口」だ!
【No.20】「銚子塚古墳」は「中くぼみの山」で「前方後円墳」の意!酒器の「銚子」とは似ても似つかない!
【No.21】まんじゅう、松、馬、万、升、窓、古墳も地名もすべて「マーテュ=波打ち際」の意!風土記に騙されてはいけない!
【No.22】楯縫は楯を作っていない!「こちらの湿地」の意だ!
【No.23】「日置」は「山裾」の意、「日置部=砂鉄の生産地」ではない!
【No.24】「金鶏伝説」のデタラメを暴く!「金の鶏」など埋めていない!
【No.25】「薬師如来」も縄文語に便乗しただけ!全国の「薬師」は「岸の末端」だ!
【No.26】「荒川」は「荒れる川」ではない!「タマ川」と同義、「一方の川」の意だ!
【 あ と が き 】

◎参考文献: 『地名アイヌ語小辞典』(知里真志保著、北海道出版企画センター)※参考文献を基に、筆者自身の独自解釈を加えています。/『日本書紀 全現代語訳』(宇治谷孟 講談社学術文庫)/『古事記 全訳注』(次田真幸 講談社学術文庫)/『風土記』(中村啓信 監修訳注 角川ソフィア文庫)/『古語拾遺』(西宮一民校注 岩波文庫)/『日本の古代遺跡』(保育社)/wikipedia/地方自治体公式サイト/ほか

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