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日出ずる国のエラーコラム


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日出ずる国のエラーコラム[総集編]
No.8 「八雲立つ出雲」は「先住民の入り江」!宮崎の巨大古墳「弥五郎塚」は「先住民の墓」!
  アイヌ語には、「本国人=ヤウンク(内地にいる人)」、「外国人=レプンク(沖にいる人)」という対比表現があります。このうち、「本国人=ヤウンク」という表現が、地名、古墳名に使用されているのではないかと疑われる事例があります。
 それは、出雲の表現で用いられる「八雲立つ出雲」、そしてもう一つは、宮崎の大規模古墳である「弥五郎塚」です。

 まずは「八雲立つ出雲」から見てみます。これは、出雲国風土記に由来が書いてあります。

<出雲国風土記>
「八束水臣津野(やつかみずおみずの)の命が『八雲立つ』と言った。だから八雲立つ出雲という。」

 そして、縄文語解釈。

◎縄文語:「八雲立つ」=「ヤウンク・モィ・テューテュ」=「本国人の・入り江の・出崎」

 もちろん、「出雲」も「雲が出る」という意味ではありません。

◎縄文語:「出雲」=「エテュ・モィ」=「岬の・入り江」

 地勢そのままです。ほぼ、「八雲立つ」と同じ意味です。風土記と縄文語解釈、いずれに信憑性があるかは火を見るより明らかです。


 ちなみに、邪馬台国への旅程に登場する「投馬国」は、

◎縄文語:「投馬」=「テュ(ー)・モィ」=「岬の・入り江」

 で、出雲とまったく同じ意味となります。「テュ(ー)」は「峰or岬or古い」の意味です。
 ※「投馬国=出雲」については、「日本書紀エラーコラム[増補版]」の第二十七回コラムで詳説しています。


 次に、「弥五郎塚」を見てみます。
 
◎縄文語:「弥五郎塚」=「ヤウンク・テュ」=「本国人の・小山」
※弥五郎塚古墳(宮崎県児湯郡新富町/前方後円墳)
 墳丘長95m、楯形の周堀、周堤を持つ大規模前方後円墳。祇園原古墳群中2番目の大きさです。この古墳からの出土物はありませんが、陪冢と見られる近隣古墳から6世紀中頃~後半の須恵器が出土しています。

 縄文語解釈の「ヤウンク=本国人」の発音が「弥五郎」とピタリと一致しています。
 弥五郎は宮崎、鹿児島に伝わる巨人伝説ですが、隼人の反乱(720年)を率いた人物だったという説もあります。隼人も本国人でしょうから、その対比となる律令政府の人々が渡来人であった可能性が出てきます。
 つまり、

◆隼人の反乱=「縄文語の隼人」vs「上代日本語の律令政府」

 だったのではないかということです。

 さらに、「本国人」という表現をよくよく考えると、対比となる「渡来人」の割合が小さい場合、このような表現を用いる必要性は低く感じられます。例えば、仮に「本国人:渡来人=8:2」であった場合、本国人がマジョリティである以上、わざわざ「本国人の」というような形容はいりません。反対に、逆の割合の場合は必要となります。
 ということは、この時代、この周辺では、古墳を築くような上層部の人々には、すでにかなりの割合で渡来人が含まれていた可能性が高いということになります。ただ、弥五郎塚が6世紀代の築造とすれば、「本土人」の対比となる「渡来人」が、ヤマトから派遣された人々を指すのか、それとも渡来して土着していた人々を指すのかは不明です。

 「八雲立つ出雲」と「弥五郎塚」の縄文語解釈を併せて勘案すると、出雲は縄文語を使う本国人の国で、6世紀に肥後の宇土地方と手を結んでヤマト王権と対峙していた可能性が高いということですから、この勢力に隣国日向も加わる可能性が出てきたということになります。

【参考】6世紀の出雲では、各地に分散していた大型古墳が突然意宇平野周辺に集中して築かれるようになります。これは、各地域の首長が何らかを目的に一地域に集まったことを示しています。
 ちょうどその頃、九州では筑紫君磐井の乱(527年)がヤマト王権に鎮圧されましたが、その後勢力を伸張させた熊本県宇土地方からは、石棺式石室が出雲に取り入れられました。
 このことは、ヤマト王権からの圧力に、熊本地方と出雲地方が連携して対応したことを示していると考えられています。 (参考文献:しまねの遺跡 発掘調査パンフレット 魚見塚古墳・東縁寺古墳/島根県教育庁埋蔵文化財調査センター)

▼目次
第一部 「縄文語と上代日本語の隠された境界線」
【百済系敏達天皇で王朝交代!蘇我氏本家を滅ぼし、大化の改新は言語まで変えた!】
第二部 「記紀、風土記のウソを徹底的に暴く」
【No.1】香久山は「弓の形の山」だ!風土記は後世の人々を騙すためのデタラメが満載!
【No.2】愛宕山は「ぽつんと離れた山」の意!「カグツチ」という火の神などいない!
【No.3】住吉三神は「六甲山の自然崇拝」。海の神ではない!
【No.4】仲哀天皇偽陵の「五色塚古墳」は「岩崖の墓」の意だ!
【No.5】「処女塚」も「求女塚」も悲恋物語とは関係ない!「砂浜の入り江の古墳」の意だ!
【No.6】「因幡の白兎」も大ウソこじつけ物語!「将軍塚」に将軍は眠らない!
【No.7】「稲荷神」「狐」もデタラメ!お揚げをお供えしても無駄!
【No.8】「八雲立つ出雲」は「先住民の入り江」!宮崎の巨大古墳「弥五郎塚」は「先住民の墓」!
【No.9】「八幡大神」などいない!八幡と富士見は同語源の「川端」!「富士山が見える」のは偶然だ!
【No.10】「羽衣」は単なる「岬の頭」!「羽衣伝説」は縄文語に渡来系物語が便乗しただけだ!
【No.11】「天日槍」は新羅から来ていない!城崎温泉から来ただけだ!
【No.12】本当に「高麗」に高麗人が移り住んだのか?全国の「高麗」の地勢は「湾曲した川」だ!
【No.13】「甲斐の黒駒」は本当に馬か?全国の「黒駒」の地勢は「山裾の湾曲した川」だ!
【No.14】「百済」は「川や湾の入口」の意!風土記はしゃあしゃあとウソをつく!
【No.15】ウソつき神様大集合!天照、事代主、八幡、稲荷、住吉、金刀比羅のデタラメを暴く!
【No.16】地名の八王子も王子信仰もウソっぱち!牛頭天王も縄文語の地名に空想物語が便乗しただけ!
【No.17】旧国名はデタラメ由来だらけ!常陸、総、伊豆、駿河、尾張、伊勢、伊賀、摂津、豊、筑紫、肥、日向、風土記は悪意に満ちた大ウソつきだ!
【No.18】「椀貸」は「岸の外れ」の意!椀貸塚古墳は「椀」を貸してはくれない!
【No.19】「造山」「作山」は「自然地形を利用した古墳」の意だ!「作石」の石の宝殿は「あの世への入口」だ!
【No.20】「銚子塚古墳」は「中くぼみの山」で「前方後円墳」の意!酒器の「銚子」とは似ても似つかない!
【No.21】まんじゅう、松、馬、万、升、窓、古墳も地名もすべて「マーテュ=波打ち際」の意!風土記に騙されてはいけない!
【No.22】楯縫は楯を作っていない!「こちらの湿地」の意だ!
【No.23】「日置」は「山裾」の意、「日置部=砂鉄の生産地」ではない!
【No.24】「金鶏伝説」のデタラメを暴く!「金の鶏」など埋めていない!
【No.25】「薬師如来」も縄文語に便乗しただけ!全国の「薬師」は「岸の末端」だ!
【No.26】「荒川」は「荒れる川」ではない!「タマ川」と同義、「一方の川」の意だ!
【 あ と が き 】

◎参考文献: 『地名アイヌ語小辞典』(知里真志保著、北海道出版企画センター)※参考文献を基に、筆者自身の独自解釈を加えています。/『日本書紀 全現代語訳』(宇治谷孟 講談社学術文庫)/『古事記 全訳注』(次田真幸 講談社学術文庫)/『風土記』(中村啓信 監修訳注 角川ソフィア文庫)/『古語拾遺』(西宮一民校注 岩波文庫)/『日本の古代遺跡』(保育社)/wikipedia/地方自治体公式サイト/ほか

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