書籍購入 電子書籍閲覧方法
サイトトップ/日出ずる国のエラーコラム[総集編]

日出ずる国のエラーコラム


※ただいま電子書籍内容全編無料公開中です。


日出ずる国のエラーコラム[総集編]
No.15 ウソつき神様大集合!天照、事代主、八幡、稲荷、住吉、金刀比羅のデタラメを暴く!
 八百万の神と言われる日本にいる無数の神様たち。本当であれば大変ありがたい話ですが、実際のところは、デタラメな神様たちがたくさん紛れ込んでいます。これらの神様の多くは、縄文語を理解できない後世の人々が、縄文語の音に当てはめた適当な漢字を、その表記から解釈し、想像力豊かに創作したデタラメ物語が起源です。
 これまでも、いくつかの神様を解説していますが、今回はその他の神様もまとめてご紹介します。八百万の神は天照大神からしてデタラメなので、どんなに神様を崇めても無駄です。そんな居もしない擬人化した神様を拝むよりも、太陽や山や川や海などの自然をありがたがる自然崇拝の方がよほど現実的です。

 まず、日本の神様筆頭、天照大神。筆者はこの神様をアシナヅチ、テナヅチの娘の奇稲田姫に比定しています。天照大神の両親の、イザナギ、イザナミも、奇稲田姫の両親と同一人物です(※「日本書紀のエラーコラム」第一回コラム参照)。

◎縄文語:「天照大神」=「ウ・マィ・エ・タ」=「互いに・響く金属音・で・踊る」
×【通説】太陽神 ⇒ ○「銅鐸祭祀」

 天照大神がもし太陽神であるならば、物部神祖の「天照国照彦天火明櫛玉饒速日尊」(アマテル クニテル ヒコ アメノホアカリ クシタマ ニギハヤヒ ノ ミコト)の名前はどう説明するのでしょうか。物部氏は神武東征より前に九州からヤマトに移り住んでいた先住民です。考古学の見地からは、その時代のヤマトで銅鐸による祭祀が行われていたのは明らかです。

 また、伊勢神宮には内宮と外宮があり、内宮は天照大神、外宮は「豊受大神」を主祭神として祀っています。以下のように古文献に記載があります。

<止由気宮儀式帳>「雄略天皇の夢に現れた天照大神のお告げにより、天照大神の食事を世話するために等由気大神が丹波国の比治の真奈井から呼び寄せられた。」
<古事記要約>「和久産巣日神(わくむすび)から豊宇気毘売神が生まれた。」
<丹後国風土記要約>「羽衣伝説において、天に帰れなくなって奈具村にとどまった天女が豊宇賀能売命である。」

<摂津国風土記要約>「稲倉山。昔、止与宇可乃売神が摂津国の山の中に居て飯を盛った。よってその名とした。」

 「豊受」を縄文語解釈します。

◎縄文語:「豊受」=「ト・ヤ・ウカゥェ」=「海・岸の・岩が折り重なったところ」

 止由気宮儀式帳や豊受皇太神御鎮座本紀では丹波国の「比治の真奈井(比定地:比沼麻奈為神社)」から来たことになっていますが、縄文語解釈とは地勢が一致しません。
 しかし、豊受神の出身地の説は他にもあります。それは、丹後の勘注系図で有名な籠神社です。ここにも奥宮として眞名井神社があり、豊受大神を祀っています。
 いずれにしても、このような物語は創作なので、どちらが正しいかというよりも、いずれも正しくはありません。つまり、「豊受という食物の神が丹波から来た」という物語自体デタラメだということです。

 この時代の記紀、風土記も、邪馬台国を隠蔽し、先住民の文化を抹殺することを目的に書かれている公算が高いので、まったくもって信用ができません。

 籠神社がある丹後半島と、伊勢で共通する地勢があります。それは、縄文語解釈にある「海岸の岩が折り重なったところ」です。
 つまり、丹波であれば「丹後半島」、伊勢であれば「伊勢志摩」を指しているということです。これは、同じ地勢の土地を先住民が「ト・ヤ・ウカゥェ」と呼んでいて、それに同じ「豊受」という漢字を充てたことからこじつけで創作された物語と考えることができます。
 もし、何かを祀っていたとするならば、「重畳と重なった岩」とするのが妥当で、それは自然崇拝です。豊受神は「穀物神」ではありません。

 伊勢志摩を縄文語解釈します。ついでに伊勢神宮に習合される太一信仰も。

◎縄文語:「伊勢(志摩)」=「イソ・スマ」=「磯の・岩」
×【通説】太陽神 ⇒ ○「伊勢志摩の岩礁」の自然崇拝

◎縄文語:「太一」=「タ・エテュ」=「石の・岬」
×【通説】北極星 ⇒  ○「伊勢志摩の岩礁」の自然崇拝

 いずれも、伊勢志摩の岩礁のことです。太一信仰は渡来人が縄文語の発音に中国文化を便乗させた可能性が高いと考えます。


■鳥羽市鎧崎 ■丹後半島経ヶ岬
 また、豊受大神は、同じ穀物神として稲荷神社の「ウカノミタマ」と同一神ともされますが、そもそも共通する「ウカゥ」は「折り重なった岩」のことなので、これもまったく穀物神ではありません。

 「ウカノミタマ」は、繰り返しになりますが、稲荷山の山頂の地勢です。

◎縄文語:「稲荷」=「イナゥ・リ」=「幣の・高台=高台の祭場」
×【通説】穀物神 ⇒ ○「稲荷山」の自然崇拝

◎縄文語:「ウカノミタマ」=「ウカゥ・ウン・ミンタ」=「石が折り重なったところ・にある・祭場」

×【通説】穀物神 ⇒  ○「稲荷山」の自然崇拝

◎縄文語:「狐」=「クテュニン」=「岩の段々のついている崖」

×【通説】稲荷神の眷属 ⇒  ○「稲荷山」の自然崇拝


■伏見稲荷山大岩大神

 次に、大国主神の息子である事代主神をご紹介します。事代主は邪馬台国を攻め滅ぼした張本人で、第五代孝昭天皇のことであると「日本書紀のエラーコラム[増補版]」と「邪馬台国欠史八代縄文語解説」で書かせていただきました。もともと神様ではないのは明らかですが、その名前を縄文語解釈してみます。

◎縄文語:「事代主」=「コッチャ・シリ・ウシ」=「谷の入り口の・山の・者」=初瀬川河畔の三輪山か


 事代主の代名詞と言えば、三輪山です。三輪山は初瀬川の「谷の入り口の山」です。

 また、事代主と同一神ともされる神に葛城の一言主神がいます。一言主神は第二十一代雄略天皇と一緒に狩りをしています。雄略天皇が名を問うと、一言主神が答えます。

<古事記>

「吾は悪事も一言、善事も一言で言い放つ神、葛城の一言主大神である。」

 勝手に神様を創作しないでいただきたいです。縄文語解釈します。

◎縄文語:「一言主」=「ピテュ・ウン・コッチャ・ウシ」=「石の峰(or岬)・にある・谷の入り口の・者」=葛城山、岩橋山or三輪山か

 事代主は葛城を拠点としていて、鴨都波神社に主祭神として祭られています。その近隣には、同一人物と目される孝昭天皇の掖上池心宮(東方)と陵墓(南方)があります。一言主は事代主の別名かもしれません。

■鴨都波神社
 次は、ちょっと毛色の異なる神様、コンピラさんを取り上げます。まず、コンピラさんがどういった神様なのか、総本社である香川の金刀比羅宮のHPより、由緒を要約してご紹介します。

【金刀比羅宮由緒1】
(「神代の琴平山」琴陵光熈、金刀比羅宮社務所文事課、昭和16年(1941))※参考:金刀比羅宮HP
「神代の昔琴平附近は海岸で、今の琴平の地は良い港であつた。それ故 大物主大神(大國主神)が國土御經營に當り此良地勢を利用せられ山上に行宮を造らせ給ひ、之を策源の中心として表日本を御經營遊ばされたのである。其行宮の蹟に神靈を鎭祭し奉つたのが即ち金刀比羅宮である」

 また、他の百科事典やwikipedia等では、別の由緒も確認できます。

【金刀比羅宮由緒2】※wikipedia引用
「象頭山松尾寺普門院の縁起によれば、大宝年間に修験道の役小角(神変大菩薩)が象頭山に登った際に天竺毘比羅霊鷲山に住する護法善神金毘羅(クンビーラ)の神験に遭ったのが開山の由来との伝承から、これが象頭山金毘羅大権現になったとされ、不動明王を本地仏とした。
 クンビーラは元来、ガンジス川に棲む鰐を神格化した水神で、日本では蛇型とされる。クンビーラはガンジス川を司る女神ガンガーのヴァーハナ(乗り物)でもあることから、金毘羅権現は海上交通の守り神として信仰されてきた」

 いろいろと物語がありますが、いずれにしても、これも後世に創作されたものです。

◎縄文語:「琴平」=「コッチャ・ピラ」=「谷の入り口の・崖」=象頭山の地勢

 つまり、金刀比羅宮の建つ象頭山の地勢で、これも自然崇拝です。大物主やら釈迦の弟子やら、まったく関係ありません。

 象頭山も「象の頭の形の山」というような漢字表記にこじつけた由来が当然のようにありますが、これも、

◎縄文語:「象頭山」=「チゥ・チャ・サン」=「水流の・岸の・出崎」=金倉川沿いの山

 が相応しく思えます。金倉川はかつて象頭山の麓を善通寺に向かって流れていました。

■金刀比羅宮の立地
■奥社 嚴魂神社(象頭山山頂)
 このように、日本の八百万の神は、おおかた漢字表記にこじつけた創作物語から生まれていて、擬人化した神様とそれに付随する由緒等は、明らかにデタラメです。単なるウソだけであればいいのですが、それらのウソは先住民文化のすべてを上書きして消し去る結果を招いています。ウソつき神様ばかりいる国に未来はあるでしょうか。

 これまで取り上げた神様も再掲します。 

◎縄文語:「愛宕」=「アッ・タ」=「片割れの・ぽつんと離れた山」
×【通説】垂迹神イザナミ ⇒  ◎「愛宕山」の自然崇拝

◎縄文語:「カグツチ」=「カッ・ク・テューテュ」=「形が・弓の・出崎」
×【通説】火防の神 ⇒  ◎「愛宕山」の自然崇拝

■嵐山渡月橋から愛宕山を望む(左手前「小倉山」、中央右奥「愛宕山」)
◎縄文語:「八幡大神」=「ペッチャ」=「川端」
×【通説】応神天皇 ⇒ ○「川端」の自然崇拝 ※全国の「八幡」を冠する地名は、ほとんどが川沿い。

◎縄文語:住吉三神
・「底筒男」=「ソコッ・テューテュ・オ」=「滝壺の・出崎の・尻」

・「中筒男」=「ナィコッ・テューテュ・オ」=「水のない涸れた沢の・出崎の・尻」
・「表筒男」=「ウェン・テューテュ・オ」=「険しい・出崎の・尻」
×【通説】海の神 ⇒  ◎「六甲山」の自然崇拝

■六甲山「馬の背」(須磨アルプス)



▼目次
第一部 「縄文語と上代日本語の隠された境界線」
【百済系敏達天皇で王朝交代!蘇我氏本家を滅ぼし、大化の改新は言語まで変えた!】
第二部 「記紀、風土記のウソを徹底的に暴く」
【No.1】香久山は「弓の形の山」だ!風土記は後世の人々を騙すためのデタラメが満載!
【No.2】愛宕山は「ぽつんと離れた山」の意!「カグツチ」という火の神などいない!
【No.3】住吉三神は「六甲山の自然崇拝」。海の神ではない!
【No.4】仲哀天皇偽陵の「五色塚古墳」は「岩崖の墓」の意だ!
【No.5】「処女塚」も「求女塚」も悲恋物語とは関係ない!「砂浜の入り江の古墳」の意だ!
【No.6】「因幡の白兎」も大ウソこじつけ物語!「将軍塚」に将軍は眠らない!
【No.7】「稲荷神」「狐」もデタラメ!お揚げをお供えしても無駄!
【No.8】「八雲立つ出雲」は「先住民の入り江」!宮崎の巨大古墳「弥五郎塚」は「先住民の墓」!
【No.9】「八幡大神」などいない!八幡と富士見は同語源の「川端」!「富士山が見える」のは偶然だ!
【No.10】「羽衣」は単なる「岬の頭」!「羽衣伝説」は縄文語に渡来系物語が便乗しただけだ!
【No.11】「天日槍」は新羅から来ていない!城崎温泉から来ただけだ!
【No.12】本当に「高麗」に高麗人が移り住んだのか?全国の「高麗」の地勢は「湾曲した川」だ!
【No.13】「甲斐の黒駒」は本当に馬か?全国の「黒駒」の地勢は「山裾の湾曲した川」だ!
【No.14】「百済」は「川や湾の入口」の意!風土記はしゃあしゃあとウソをつく!
【No.15】ウソつき神様大集合!天照、事代主、八幡、稲荷、住吉、金刀比羅のデタラメを暴く!
【No.16】地名の八王子も王子信仰もウソっぱち!牛頭天王も縄文語の地名に空想物語が便乗しただけ!
【No.17】旧国名はデタラメ由来だらけ!常陸、総、伊豆、駿河、尾張、伊勢、伊賀、摂津、豊、筑紫、肥、日向、風土記は悪意に満ちた大ウソつきだ!
【No.18】「椀貸」は「岸の外れ」の意!椀貸塚古墳は「椀」を貸してはくれない!
【No.19】「造山」「作山」は「自然地形を利用した古墳」の意だ!「作石」の石の宝殿は「あの世への入口」だ!
【No.20】「銚子塚古墳」は「中くぼみの山」で「前方後円墳」の意!酒器の「銚子」とは似ても似つかない!
【No.21】まんじゅう、松、馬、万、升、窓、古墳も地名もすべて「マーテュ=波打ち際」の意!風土記に騙されてはいけない!
【No.22】楯縫は楯を作っていない!「こちらの湿地」の意だ!
【No.23】「日置」は「山裾」の意、「日置部=砂鉄の生産地」ではない!
【No.24】「金鶏伝説」のデタラメを暴く!「金の鶏」など埋めていない!
【No.25】「薬師如来」も縄文語に便乗しただけ!全国の「薬師」は「岸の末端」だ!
【No.26】「荒川」は「荒れる川」ではない!「タマ川」と同義、「一方の川」の意だ!
【 あ と が き 】

◎参考文献: 『地名アイヌ語小辞典』(知里真志保著、北海道出版企画センター)※参考文献を基に、筆者自身の独自解釈を加えています。/『日本書紀 全現代語訳』(宇治谷孟 講談社学術文庫)/『古事記 全訳注』(次田真幸 講談社学術文庫)/『風土記』(中村啓信 監修訳注 角川ソフィア文庫)/『古語拾遺』(西宮一民校注 岩波文庫)/『日本の古代遺跡』(保育社)/wikipedia/地方自治体公式サイト/ほか

©Kagetsu Kinoe