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日出ずる国のエラーコラム


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日出ずる国のエラーコラム[総集編]
No.6 「因幡の白兎」も大ウソこじつけ物語!「将軍塚」には将軍は眠らない!
 因幡の白兎の物語は、「古事記」と「先代旧事本紀」に記載があります。出雲国風土記には記載がなく、因幡国風土記は現存しませんが逸文(「塵袋」鎌倉中期)に記載があります。まずは、古事記記載内容の要約。

<古事記要約:稲羽の素兎(因幡の白兎)>
「兎は隠岐の島からこの地に渡ろうとした時にワニ(サメ)を騙して並ばせ、その上を踏んで海を渡った。騙されたと知ったワニは、ウサギの毛をすっかり剥いでしまった。
 兎が泣いているところに通りかかった八十神(大国主の兄たち)は、「海水を浴びて風に当たって寝ていろ」と教えた。兎がその教えのとおりにすると、ウサギの体は全身傷だらけになった。
 大国主が通りかかり、「真水で体を洗い、蒲の穂を敷き散らしてその上を寝転がれば、傷は治るだろう」と教えた。兎がそのとおりにすると、元通りになった。
 兎は大国主に「八十神は八上姫を娶ることができない」と言った。果たして八上姫は大国主と結婚すると言った。」

 よくこんな物語が思いつくものだと感心させられます。
 白兎の正体を縄文語で暴きます。

◎縄文語:白兎=「シ・オ・ウン・サ・ケ」=「山・裾・にある・浜の・ところ」=白兎海岸

 これは間違いなく「白兎海岸」のことです。白兎海岸は峰の先端にある浜です。

■白兎海岸
 また、因幡国は、

◎縄文語:因幡=「エン・ノッ・パ」=「尖った・岬の・頭」

 で、白兎海岸西方約10kmにある「長尾鼻」あたりが相応しく思えます。

■長尾鼻 ※尖った岬。
 また、「シ・オ=山の・尻(山裾or山の端)」に関連して、 この縄文語には漢字の「白」「城」「代」「塩」「親王」「新皇」、似た語源の「シ・オケ(シロケ)=山の・尻(山裾or山の端)」には「将軍」「白髪」「白米」「新羅」などが当てられています。地名のほか、古墳名にも頻繁に登場します。
 いかに古墳名に「将軍」という名前がついていても、そのほとんどは「将軍」が眠っている訳ではなく、単に「山裾(or山の端)の古墳」を指して、そう呼んだだけです。さまざまな漢字が充てられ、それに応じて多くのデタラメ物語が後世に付加されています。

 まず、「将軍」を冠する各地の古墳を見ていきます。代表的なものを数えても二〇以上あります。
 古墳時代の「将軍号」は倭の五王(讃・珍・済・興・武)が中国王朝(宋、斉、梁)から与えられています。また、派遣された者たちも将軍の位を授けられています。
 「将軍」を冠する多くの古墳が「将軍が埋葬されている」という命名由来を採用していますが、全国に散らばる当該古墳に、いちいちこのような人々が眠っているとは思えません。大和や河内などの権力の中枢部に「将軍」を冠する古墳が見当たらないのも不自然です。

◎縄文語:「将軍」
=「・オケ(シロケ」=「山の・ふもと/山裾」

or「シ・オ・ケ」=「山(大地)・裾の・ところ」

 ですから、つまり、

●「将軍塚/将軍山(古墳)」=「山のふもと(or山、大地の末端)にある古墳」

 ということなります。

 以下の各地の「将軍」を冠する古墳、地名の地図をご確認ください。「山のふもと」または「山、大地の末端」の意でまず間違いありません。
 「将軍」のほか、「山裾」を意味する「親王」「新皇」「塩」などがつく古墳もご紹介しますので、築造年代と地域にも注目してみてください。縄文語使用の目安になります。関西は六世紀、九州では七世紀代の築造まであります。


【統計】「白/城/代/塩/親王/新皇/将軍」の地名が「山裾/峰の端」の地勢と一致する確率。
(※地名は郵便番号一覧からサンプル抽出)

1)「将軍/白髪/白米」を冠する古墳が「山裾/峰の端」の確率=16/16=100%
2)「親王/新皇」を冠する古墳が「山裾/峰の端」の確率=12/12=100%
3)「将軍」を冠する地名が「山裾/峰の端」の確率=4/4=100%

4)「大将軍」を冠する地名が「山裾/峰の端」の確率=5/6=83.3%
1)+2)=28/28=100%
3)+4)=9/10=90.0%
1)+2)+3)+4)=37/38=97.4%
5)「大将軍神社」が「山裾/峰の端」の確率=10/14=71.4% ※奈良県を除くと10/11=90.9%
6)「白浜」が「山裾の浜」の確率=24/27=88.9%



【参考1】全国の「将軍/白髪/白米」のつく古墳
■将軍山古墳(大阪府茨木市/4世紀後半/前方後円墳) ※峰の端に立地

■将軍塚古墳(和歌山県和歌山市/6世紀後半/前方後円墳) ※峰の端に立地。 ■森将軍塚古墳(長野県千曲市/4世紀中頃/前方後円墳) ※山裾に立地。 ■川柳将軍塚古墳(長野県長野市/4世紀中~5世紀前半/前方後円墳) ※山の端に立地。 ■倉科将軍塚古墳(長野県千曲市/5世紀前半/前方後円墳) ※峰の端に立地。 ■土口将軍塚古墳(長野県千曲市/5世紀前半~後半) ※峰の先端に立地。 ■越将軍塚古墳(長野県長野市/5世紀/円墳) ※山の末端に立地。 ■赤坂将軍塚古墳(長野県上田市/円墳) ※山裾に立地。 ■別所将軍塚古墳(長野県上田市/円墳) ※山裾に立地。 ■安坂将軍塚古墳(長野県東筑摩郡/5世紀中~後半/積石塚) ※山の端に立地。 ■将軍塚古墳(静岡県浜松市/古墳時代後期/円墳) ※山の端に立地。 ■元島名将軍塚古墳(群馬県高崎市/4世紀前半/前方後方墳)
※井野川東岸の段丘縁wikipediaに解説あり)に立地。 ■野本将軍塚古墳(埼玉県東松山市/4世紀後半/前方後円墳)
※松山台地先端部wikipediaに解説あり)に立地。 ■将軍山古墳(埼玉県行田市/6世紀末/前方後円墳)
大宮台地の北端に立地。周囲河川の堆積作用と所在地の沈降作用により現在は平地にあるが、かつては台地状の地形だった。
※稲荷山古墳出土鉄剣の銘文解釈の問題がありますが、ここでは敢えて無視します。大和などの権力の中枢部で使われていた言語と地方の言語に不一致があり、大和勢力の拡大に応じて上代日本語が地方に拡散していったという仮定です。 ■将軍塚古墳(栃木県宇都宮市/7世紀前半/円墳) ※峰の裾に立地。 ■大将軍山古墳(長崎県対馬市/4世紀後半/高塚古墳)
※長崎県観光連盟公式HPによると、「志多留貝塚の西の丘を大将軍(でじょうぐ)山と呼んだ」とあります。「でじょうぐ」は「タン・シロケ(orシ・オ・ケ)」=「こちらの・峰裾」で 近隣に同様の地勢があることを表します。 ■白髪山古墳(大阪府羽曳野市/6世紀前半/前方後円墳/清寧天皇陵治定) ※峰塚公園の丘陵の裾に立地。
 古事記には「清寧天皇が生まれながらに白髪で、白髪大倭根子命と名づけられていたことに由来」とありますが、この漢字表記にこじつけられた物語の信憑性はいかほどでしょうか。皇居とされる磐余甕栗宮(奈良県橿原市東池尻町の御厨子神社)も山裾にあります。
■磐余甕栗宮(奈良県橿原市) ※香久山のふもと。 ■白米山(しらげやま)古墳(京都府与謝郡与謝野町/古墳時代前期中頃/前方後円墳 )※山裾に立地
【参考2-1】全国の「将軍」のつく地名
■将軍野(秋田県秋田市)※秋田城の山裾。 通説では坂上田村麻呂が陣を張った場所という。 ■将軍沢(埼玉県比企郡嵐山町)※山裾の沢。 ■将軍塚(滋賀県大津市)※壬申の乱の敗将を祀ったのが由来と言われているが・・・。
■将軍塚(京都府京都市)※峰の先端。 ■将軍通(兵庫県神戸市灘区)※六甲台の麓から海に向かって伸びる通り。範囲が広すぎるので統計に入れない。 【参考2-2】全国の「大将軍」のつく地名
※「大将軍」を冠する地名は、一般的に方位神を祀った「大将軍神社」が由来とされているので、「将軍」の地名とは別の統計を取る。
◎縄文語:「大将軍」=「タン・シ・オ・ケ」=「こちらの・山の・裾・のところ」

■大将軍(滋賀県大津市)※山裾。瀬田川対岸の将軍塚と対の関係か。 ■大将軍町(京都府京都市山科区四ノ宮)※山裾。 ■大将軍(京都府京都市北区)※山裾。 ■岩田大将軍(京都府八幡市)※山裾ではない。 ■大将軍山(山口県岩国市)※峰の先端。 ■大将軍山(山口県下松市)※峰の端。 【参考2-3】全国の「大将軍神社」の地勢(※境内社は除く)(※参考:wikipedia)
◎縄文語:「大将軍」=「タン・シ・オ・ケ」=「こちらの・山の・裾・のところ」

■大将軍八神社 (京都市上京区)※山裾。 ■大将軍八神社 (滋賀県守山市古高)※山裾。 ■大将軍神社 (京都市北区西賀茂角社町)※山裾。 ■大将軍神社(京都市東山区三条大橋東三丁目下ル長光町)※山裾。 ■大将軍神社(京都府宇治市池尾北組)※峰の先端。 ■大将軍社(大阪府大阪市北区天神橋)※上町台地突端の麓。 ■大将軍神社(兵庫県姫路市南畝町)※山裾ではない。 ■大将軍神社(兵庫県姫路市夢前町宮置)※山裾。 ■大将軍神社(兵庫県姫路市白国四丁目)※山裾。 ■大将軍神社(奈良県奈良市四条大路三丁目)※山裾ではない。 ■大将軍神社(奈良県大和郡山市美濃庄町)※山裾ではない。 ■大将軍神社(奈良県大和郡山市大江町)※山裾ではない。 ■大将軍神社(宮崎県東諸県郡国富町本庄)※峰の端。 ■大将軍神社(宮崎県宮崎市高岡町浦之名)※峰の端。
 次に、

◎縄文語:「親王/新皇/城/塩/将」=「シ・オ=山(大地)の・尻(山裾or山の端)」


 を調べてみます。以下、「シ・オ=山(大地)の・尻(山裾or山の端)」or「シ・オケ(シロケ)=山・裾」ですべて解釈できます。風土記に記載があるものは、いかにデタラメを語っているかが分かります。類例がありすぎるので、代表的なものだけご紹介します。

【参考3】「親王/新皇/城/塩/将」を冠する古墳の地勢

■阿保親王塚古墳
(兵庫県芦屋市翠ヶ丘町/4世紀後半/円墳)※六甲山の裾に立地
摂津志では平安時代の在原業平の父である阿保親王(平城天皇第一皇子)の墓とされていますが、時代がまったく合わないので、信憑性はゼロです。

■阿保親王塚(京都市伏見区)※山裾に立地。 ■伝阿保親王墓(三重県伊賀市/5世紀末~6世紀初頭)※山裾に立地。
※こちらは別人の伊賀の「阿保親王」、第11代垂仁天皇の皇子、息速別命の墓。しかし、年代が合わない。 ■中曽根親王塚古墳(長野県東御市/方墳)※山裾に立地。 ■小田中親王塚(石川県鹿島郡中能登町/4世紀後半/円墳)※山裾に立地。
 ※北陸地方最大級の円墳。崇神天皇の皇子、大入杵命の陵墓の伝承。しかし、年代が合わない。 ■親王塚古墳(愛知県春日井市/6世紀中頃/円墳)  ※庄内川右岸の段丘の末端に立地。
※護良親王の遺品を埋葬したとの伝承。しかし、年代が合わない。
■親王塚古墳(佐賀県唐津市/7世紀/円墳)※山裾に立地。
※桓武天皇皇子、葛原親王墓の伝承。しかし、年代が合わない。 ■新皇塚古墳(千葉県市原市/古墳時代後期/前方後円墳)※山裾に立地。
■城ノ山(じょうのやま)古墳(兵庫県朝来市/4世紀後半/円墳)※山裾に立地 。  ■塩塚古墳(奈良県奈良市/5世紀前半~中頃/前方後円墳)※山裾に立地。 ■上神大将塚古墳(鳥取県倉吉市上神/古墳時代前期/円墳)※山裾に立地。 ■三度舞大将塚(鳥取県倉吉市大谷茶屋/弥生時代/方墳形)※山裾に立地。
【参考4】風土記の「塩」のつく地名の地勢

■播磨国穂積里「塩野」=「シ・オ・ウン・ヌ」=「山・裾・にある・野原」※山裾。
【播磨国風土記】「本の名は塩野。<中略>鹹水(しおみず)がこの村に湧き出た。だから、塩野といった。今、穂積と名づけるのは、穂積臣たちの一族がこの村に住んでいる。だから、穂積と名づけている」 ■播磨国高家里「塩村」※山裾の村
【播磨国風土記】「あちこちで塩水が出る。だから塩村といった。牛や馬たちが好んで飲んでいる」
■播磨国雲濃里「塩沼村」=「シ・オ・ウン・ヌ」=「山・裾・にある・野原」※山裾の村。
【播磨国風土記】「この村に海水が出た。だから、塩沼の村といった」 ■播磨国林田里「塩阜(しおおか)」※山裾。
※比定地は「聖ヶ丘公園」=「ピ・シリ・オ・カ」=「石の・山・裾の・ほとり」 =鶴觜山のほとり
【播磨国風土記】「この阜の南に塩水湖があった。たてよこ三丈くらい。海と離れていること三十里ほどで、水底は小石を敷きつめ、周囲は草に覆われている。海水と淡水が混じり合い、満ちる時は深さ三寸くらいである。牛、馬、鹿たちが好んで飲んだ。だから、塩阜と名づけた」 ■肥前国賀周里「塩田川」=「シ・オ・チャ」=「山・裾の・岸」※山裾の里。
【肥前国風土記】「この川の水源は、郡の西南にある託羅峰より出て、東に流れて海に入る。満潮の時には逆流する。その勢いは激しく、はなはだ水量が増して水位が高くなる。よって潮高満川(しほたかみつがわ)という。それが今は訛って塩田川という。水源には淵があり、深さは二丈(約5.94m)で、石壁は険しく、周囲は垣のようである。年魚がたくさんいる。東の辺には温泉があって、よく人の病を癒す」 ■摂津国「塩之湯」※山裾の温泉=有馬温泉。
【摂津国風土記】「有馬郡。塩之原山がある。この山の近くに塩の湯がある。この湯が麓にあるので名とした」
【参考5】「白浜」の地勢
※全国に「白/代/塩」など、「山裾」を表した地名が無数にありますが、キリがないので「白浜」を代表例として取り上げてみます。

■岩手県宮古市白浜  ※山裾の浜。 ■宮城県牡鹿郡女川町高白浜  ※山裾の浜。 ■茨城県行方市白浜  ※山裾の浜。 ■千葉県南房総市白浜町白浜  ※山裾の浜。 ■神奈川県茅ヶ崎市白浜町  ※山裾の浜ではない。 ■石川県七尾市白浜町  ※山裾の浜。 ■福井県福井市白浜町  ※山裾の浜。 ■福井県丹生郡越前町白浜  ※山裾の浜。 ■静岡県下田市白浜  ※山裾の浜。 ■愛知県津島市白浜町  ※山裾の浜ではない。 ■愛知県豊田市白浜町  ※山裾の浜ではない。 ■愛知県西尾市吉良町白浜新田  ※山裾の浜。 ■愛知県田原市白浜  ※山裾の浜。 ■京都府舞鶴市白浜台  ※山裾の浜。 ■兵庫県姫路市白浜町  ※山裾の浜。 ■和歌山県西牟婁郡白浜町  ※山裾の浜。 ■愛媛県宇和島市白浜  ※山裾の浜。 ■愛媛県八幡浜市白浜通  ※山裾の浜。 ■高知県東洋町白浜  ※山裾の浜。 ■高知県幡多郡黒潮町白浜 ※山裾の浜。 ■福岡県遠賀郡芦屋町白浜町 ※丘陵裾の浜。 ■長崎県諫早市白浜町 ※山裾の浜。 ■長崎県松浦市志佐町白浜免 ※山裾の浜。 ■熊本県熊本市西区河内町白浜 ※山裾の浜。 ■熊本県水俣市白浜町 ※山裾の浜。 ■鹿児島県鹿児島市桜島白浜町 ※山裾の浜。 ■鹿児島県薩摩川内市白浜町 ※山裾の浜。


▼目次
第一部 「縄文語と上代日本語の隠された境界線」
【百済系敏達天皇で王朝交代!蘇我氏本家を滅ぼし、大化の改新は言語まで変えた!】
第二部 「記紀、風土記のウソを徹底的に暴く」
【No.1】香久山は「弓の形の山」だ!風土記は後世の人々を騙すためのデタラメが満載!
【No.2】愛宕山は「ぽつんと離れた山」の意!「カグツチ」という火の神などいない!
【No.3】住吉三神は「六甲山の自然崇拝」。海の神ではない!
【No.4】仲哀天皇偽陵の「五色塚古墳」は「岩崖の墓」の意だ!
【No.5】「処女塚」も「求女塚」も悲恋物語とは関係ない!「砂浜の入り江の古墳」の意だ!
【No.6】「因幡の白兎」も大ウソこじつけ物語!「将軍塚」に将軍は眠らない!
【No.7】「稲荷神」「狐」もデタラメ!お揚げをお供えしても無駄!
【No.8】「八雲立つ出雲」は「先住民の入り江」!宮崎の巨大古墳「弥五郎塚」は「先住民の墓」!
【No.9】「八幡大神」などいない!八幡と富士見は同語源の「川端」!「富士山が見える」のは偶然だ!
【No.10】「羽衣」は単なる「岬の頭」!「羽衣伝説」は縄文語に渡来系物語が便乗しただけだ!
【No.11】「天日槍」は新羅から来ていない!城崎温泉から来ただけだ!
【No.12】本当に「高麗」に高麗人が移り住んだのか?全国の「高麗」の地勢は「湾曲した川」だ!
【No.13】「甲斐の黒駒」は本当に馬か?全国の「黒駒」の地勢は「山裾の湾曲した川」だ!
【No.14】「百済」は「川や湾の入口」の意!風土記はしゃあしゃあとウソをつく!
【No.15】ウソつき神様大集合!天照、事代主、八幡、稲荷、住吉、金刀比羅のデタラメを暴く!
【No.16】地名の八王子も王子信仰もウソっぱち!牛頭天王も縄文語の地名に空想物語が便乗しただけ!
【No.17】旧国名はデタラメ由来だらけ!常陸、総、伊豆、駿河、尾張、伊勢、伊賀、摂津、豊、筑紫、肥、日向、風土記は悪意に満ちた大ウソつきだ!
【No.18】「椀貸」は「岸の外れ」の意!椀貸塚古墳は「椀」を貸してはくれない!
【No.19】「造山」「作山」は「自然地形を利用した古墳」の意だ!「作石」の石の宝殿は「あの世への入口」だ!
【No.20】「銚子塚古墳」は「中くぼみの山」で「前方後円墳」の意!酒器の「銚子」とは似ても似つかない!
【No.21】まんじゅう、松、馬、万、升、窓、古墳も地名もすべて「マーテュ=波打ち際」の意!風土記に騙されてはいけない!
【No.22】楯縫は楯を作っていない!「こちらの湿地」の意だ!
【No.23】「日置」は「山裾」の意、「日置部=砂鉄の生産地」ではない!
【No.24】「金鶏伝説」のデタラメを暴く!「金の鶏」など埋めていない!
【No.25】「薬師如来」も縄文語に便乗しただけ!全国の「薬師」は「岸の末端」だ!
【No.26】「荒川」は「荒れる川」ではない!「タマ川」と同義、「一方の川」の意だ!
【 あ と が き 】

◎参考文献: 『地名アイヌ語小辞典』(知里真志保著、北海道出版企画センター)※参考文献を基に、筆者自身の独自解釈を加えています。/『日本書紀 全現代語訳』(宇治谷孟 講談社学術文庫)/『古事記 全訳注』(次田真幸 講談社学術文庫)/『風土記』(中村啓信 監修訳注 角川ソフィア文庫)/『古語拾遺』(西宮一民校注 岩波文庫)/『日本の古代遺跡』(保育社)/wikipedia/地方自治体公式サイト/ほか

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