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日出ずる国のエラーコラム[総集編]
No.21 まんじゅう、松、馬、万、升、窓、古墳も地名もすべて「マーテュ=波打ち際」の意!風土記に騙されてはいけない!
まずは、風土記の内容をまとめてご紹介します。
「奈美松・古津松」 <常陸国風土記(要約)>
「(軽野の)南に童子女松原がある。むかし、那賀の寒田の郎子(いらつこ)、海上の安是の嬢子(いらつめ)という神に仕えていた若い男女がいた。ともに容姿端麗で、近隣の村々の評判が高かった。互いの噂を聞いて、ともに二人は慕う思いを抱くようになった。月日が立ち、歌垣の集いで二人は偶然出会った。二人は歌を交わし、思いを伝え合った。
二人は人目を避け、夜が更けるのも忘れ、浜辺の林でともに過ごした。気がつけば、朝が訪れ、日が差し込んでいた。二人は人に見られることが恥ずかしくなり、松になってしまった。
郎子の松を奈美松、嬢子の松を古津松という」
◎縄文語:
・奈美松=「ナム・メム・マーテュ」=「冷たい・泉の・波打ち際」
・古津松=「コッチャル・マーテュ」=「窪地の入口の・波打ち際」
■軽野 ※鹿島神宮の南に郡役所があり、その南が軽野で、当時は、まさに流れ海(霞ヶ浦)の入口の浜 。
「的形浦」<伊勢国風土記逸文>(『万葉集註釈』)
「風土記にいう。的形の浦は、この浦の地形が的に似ている。よって名とした。今はすでに渚は入り江になっている。天皇が浜辺に行幸して歌った。
ますらをの 猟矢(さつや)たばさみ 向ひ立ち 射るや的形 濱のさやけさ」
◎縄文語:「マーテュ・カ・チャ」=「波打ち際の・ほとりの・岸」
■「的形浦」比定地の松阪市黒部周辺。※当時は伊勢湾の浜辺。
「牛窓」<備前国風土記逸文>(『本朝神社考』)
「神功皇后の舟が備前の海上を過ぎた時、大きな牛がいて、舟を転覆させようとした時、住吉の明神が老翁となって、その角を持って投げ倒した。ゆえにその場所を名づけて牛転という。今、牛窓というのは訛ったのである」
◎縄文語:「ウテュル・マーテュ」=「間の・波打ち際」
■「牛窓」比定地の瀬戸内市牛窓町牛窓周辺。※前島との間の浜。縄文語の地勢と完全一致。
「松尾阜」<播磨国風土記>
「応神天皇が巡行していた時、ここで日が暮れた。この阜(おか)の末を取ってかがり火とした。だから松尾と名づけた」
◎縄文語:「マーテュ・オ」=「波打ち際の・尻(外れ)」
■比定地の兵庫県姫路市林田町松山。※林田川沿い。
「斗形山」<播磨国風土記>
「宅(やけ)と名付けた理由は、景行天皇が御宅(みやけ)をこの村に造った。だから、宅の村という。
この里に山がある。名は斗形山(ますがたやま)という。石で枡(ます)と桶を作った。だから斗形山という」
◎縄文語:斗形(山)=「マーテュ・カ・チャ(山)」=「波打ち際の・ほとりの・岸(の山)」
◎縄文語:宅=「ヤ・ケ」=「岸の・ところ」
■比定地の升田山。※加古川のほとりの山。平荘湖湖畔だが、平荘湖は人造湖。
風土記記載の当該地名はすべて「水辺」であることが分かります。いかに風土記がデタラメを言っているかが分かります。
次に「マーテュ=波打ち際」が語源と思われる古墳と地名をまとめてご紹介します。築造時期にも注目すると、縄文語使用の状況が分かります。京丹後で5世紀、四国、九州で6世紀代まであります。
【統計】「マーテュ=波打ち際
〈水辺〉」と解釈できる古墳/地名の確率。
1)「馬塚/昧塚/枡/マンジュウ/松/万塚」を冠する古墳の「波打ち際
(水辺)」の確率=9/9=100%
2)「松/的/窓/斗」を冠する風土記記載の地名の「波打ち際
(水辺)」の確率=5/5=100%
3)「マスガタ/マスカタ」を冠する地名の「波打ち際
(水辺)」の確率=9/9=100%
1)+2)+3)=23/23=100%
(※地名は郵便番号一覧ほかからサンプル抽出)
【参考1】「馬塚/昧塚/枡/マンジュウ/松/万塚」を冠する古墳の地勢。
■馬塚古墳(茨城県水戸市/円墳)※那珂川のほとり。
◎縄文語:「マーテュ・カ」=「波打ち際の・ほとり」 ■三昧塚古墳(茨城県行方市/5世紀後半/前方後円墳)※霞ヶ浦のほとり。
◎縄文語:「サン・マーテュ・カ」=「浜に出る・波打ち際の・ほとり」
■枡塚古墳(京都府京丹後市/5世紀中頃/方墳)※日本海を望む段丘に築造。
◎縄文語:「マーテュ・テュク」=「波打ち際の・小山」
■マンジュウ古墳(兵庫県加西市/古墳時代中期/帆立貝形古墳)※ため池の際に築造。
◎縄文語:「マーテュ」=「波打ち際」
■爺ヶ松古墳(香川県坂出市/古墳時代前期/前方後円墳)※峰に挟まれた池畔。
◎縄文語:「テューテュク・マーテュ」=「岬の・波打ち際」
■相作馬塚古墳(香川県高松市/5世紀後半)※池畔。
◎縄文語:「マーテュ・カ」=「波打ち際の・ほとり」 ■万塚古墳(香川県高松市/6世紀)※平池の南岸に築造。
◎縄文語:「マーテュ・カ」=「波打ち際の・ほとり」 ■岡田万塚古墳群(香川県丸亀市/古墳時代中期)※池畔。
◎縄文語:「マーテュ・カ」=「波打ち際の・ほとり」 ■馬塚古墳(熊本県山鹿市/6世紀中頃/円墳)※岩野川のほとり。
◎縄文語:「マーテュ・カ」=「波打ち際の・ほとり」
【参考2】「マスガタ」「マスカタ」の地名の地勢。
■山形県新庄市升形
■埼玉県川越市増形
■神奈川県川崎市多摩区枡形 ※多摩川支流沿い。 ■新潟県新潟市西蒲区升潟 ※川沿い。 ■長野県上高井郡高山村桝形 ※川沿い。 ■愛知県名古屋市北区/西区桝形町 ※庄内川支流沿い。 ■京都府京都市伏見区桝形町 ※濠川沿い。
※秀吉が伏見城の外堀として開削したが、それ以前も川沿いではなかったか。詳細不明なので統計に入れない。 ■愛媛県宇和島市桝形町 ※宇和島港沿い。 ■愛媛県宇和島市桝形 ※肱川沿い。 ■高知県高知市升形 ※鏡川沿い。
▼目次
第一部 「縄文語と上代日本語の隠された境界線」
【百済系敏達天皇で王朝交代!蘇我氏本家を滅ぼし、大化の改新は言語まで変えた!】
第二部 「記紀、風土記のウソを徹底的に暴く」
【No.1】香久山は「弓の形の山」だ!風土記は後世の人々を騙すためのデタラメが満載!
【No.2】愛宕山は「ぽつんと離れた山」の意!「カグツチ」という火の神などいない!
【No.3】住吉三神は「六甲山の自然崇拝」。海の神ではない!
【No.4】仲哀天皇偽陵の「五色塚古墳」は「岩崖の墓」の意だ!
【No.5】「処女塚」も「求女塚」も悲恋物語とは関係ない!「砂浜の入り江の古墳」の意だ!
【No.6】「因幡の白兎」も大ウソこじつけ物語!「将軍塚」に将軍は眠らない!
【No.7】「稲荷神」「狐」もデタラメ!お揚げをお供えしても無駄!
【No.8】「八雲立つ出雲」は「先住民の入り江」!宮崎の巨大古墳「弥五郎塚」は「先住民の墓」!
【No.9】「八幡大神」などいない!八幡と富士見は同語源の「川端」!「富士山が見える」のは偶然だ!
【No.10】「羽衣」は単なる「岬の頭」!「羽衣伝説」は縄文語に渡来系物語が便乗しただけだ!
【No.11】「天日槍」は新羅から来ていない!城崎温泉から来ただけだ!
【No.12】本当に「高麗」に高麗人が移り住んだのか?全国の「高麗」の地勢は「湾曲した川」だ!
【No.13】「甲斐の黒駒」は本当に馬か?全国の「黒駒」の地勢は「山裾の湾曲した川」だ!
【No.14】「百済」は「川や湾の入口」の意!風土記はしゃあしゃあとウソをつく!
【No.15】ウソつき神様大集合!天照、事代主、八幡、稲荷、住吉、金刀比羅のデタラメを暴く!
【No.16】地名の八王子も王子信仰もウソっぱち!牛頭天王も縄文語の地名に空想物語が便乗しただけ!
【No.17】旧国名はデタラメ由来だらけ!常陸、総、伊豆、駿河、尾張、伊勢、伊賀、摂津、豊、筑紫、肥、日向、風土記は悪意に満ちた大ウソつきだ!
【No.18】「椀貸」は「岸の外れ」の意!椀貸塚古墳は「椀」を貸してはくれない!
【No.19】「造山」「作山」は「自然地形を利用した古墳」の意だ!「作石」の石の宝殿は「あの世への入口」だ!
【No.20】「銚子塚古墳」は「中くぼみの山」で「前方後円墳」の意!酒器の「銚子」とは似ても似つかない!
【No.21】まんじゅう、松、馬、万、升、窓、古墳も地名もすべて「マーテュ=波打ち際」の意!風土記に騙されてはいけない!
【No.22】楯縫は楯を作っていない!「こちらの湿地」の意だ!
【No.23】「日置」は「山裾」の意、「日置部=砂鉄の生産地」ではない!
【No.24】「金鶏伝説」のデタラメを暴く!「金の鶏」など埋めていない!
【No.25】「薬師如来」も縄文語に便乗しただけ!全国の「薬師」は「岸の末端」だ!
【No.26】「荒川」は「荒れる川」ではない!「タマ川」と同義、「一方の川」の意だ!
【 あ と が き 】
